最新の情報などHotなニュースから気持ちが和らぐほっとする話題まで日赤和歌山からお届けします。
日赤和歌山医療センターの医師が健康や病気についての情報をお届けするコーナーです。専門医がさまざまなテーマを解説します。みなさんの健康保持にお役立ていただければ幸いです。
2025/02/20
日赤和歌山医療センター糖尿病・内分泌内科部は、糖尿病・内分泌内科医、糖尿病療養看護師、薬剤部糖尿病チーム薬剤師、管理栄養士らがチームで一丸となって患者さんの健康を守るお手伝いをしています。
糖尿病予防には栄養バランスの良い食事を1日3食、規則正しく食べることが大切です。日本糖尿病学会の委員として自ら「食と健康」に関する情報を発信しつつ、小中学校への出前授業や教員へ健康教育を広げる活動にも携わる金子先生に、若い女性を中心に「標準以上に痩せていることにこだわる痩せ信仰」から生まれる糖尿病リスクについて話を聞きました。
現代の日本では、特に若年層の女性を中心に「痩せていることが美しい」という見た目を重要視する『ルッキズム』という風潮が強くなっていると感じます。今、日本の若年女性のBMI(Body Mass Index=ボディマス指数)は、先進国の中で突出して低いレベルに達しています。痩せている体を目指す思考は、社会全体に広がっているといえます。
「痩せているから糖尿病にならない」は間違い
ある調査の結果、多くの女性が理想の体型を「BMI 17」と考えていることがわかりました。BMI は[体重(kg)]÷[身長(m)の2乗]で算出される値で、体格を表す指標として国際的に用いられています。
女性が理想とするBMIは健康な範囲を大きく下回っていて、『痩せ過ぎ』と言えます。そして、その体の状態は筋肉量が不足し、栄養も偏った状態が続くことになり、若いうちは乗り切れても、加齢とともに「体力不足による疲労感」「栄養不足による免疫力の低下」「骨密度の低下による骨折」などが現れ、さまざまな健康リスクの増大につながります。
生活習慣病やがんの予防に「肥満の防止・解消」が推奨されているため、痩せていれば糖尿病などの病気にはならないような気がします。しかし、痩せすぎた状態では、アメリカの肥満患者(BMI 32以上)と同等、もしくは、それ以上に糖尿病の発症リスクが高まることを順天堂大学の田村好史教授たちが研究結果を報告されています。
参考:順天堂大学ホームページ「ニュース&イベント」食後高血糖となる耐糖能異常が痩せた若年女性に多いことが明らかにに掲載
なぜなら、腸から血管内に吸収されたブドウ糖は、肝臓に5割、筋肉に3割流れ込んでいくことを考えると、ダイエットによって筋肉量が少なくなると、糖を取り込む場所が小さくなるため、食後にブドウ糖を筋肉に蓄えることができません。そのため、血中のブドウ糖濃度が高くなり、糖尿病を発症してしまいます。
つまり、肥満の状態ではなくても、痩せて筋肉量が少なければ、糖尿病になるリスクは高くなるのです。また、筋肉が少ないために活動量も減ってしまい、そうするとお腹もすかなくなって食べる量も減るので、インスリンの分泌も少なくなって、筋肉内に糖を押し込みも少なくなって、さらに血糖値は上がりやすくなるという悪循環な身体になってしまいます。そして、筋肉が痩せていく「サルコペニア(筋肉減少症)」と呼ばれる状態を作り出し、この状態で年を重ねると、寝たきり状態に陥りやすくなるのです。
痩せ過ぎは妊娠糖尿病の発症リスクも高める
このように、痩せすぎの女性は代謝がうまく機能しないので、糖尿病のリスクが上がるため、妊娠すると「妊娠糖尿病」を発症しやすくなります。その結果、胎児にも影響が出たり、さらには、生まれた子どもが将来的に糖尿病を患うリスクも増加することが報告されています。このように、遺伝子が子宮内で過ごした胎児の期間を記憶して書き換えてしまうことを Dohad (Developmental Origins of Health and Disease)、あるいはエピジェネティクスと呼び、妊娠中過度な糖質制限を続けると、将来的に子供が糖尿病を患う現象もその1つです。
痩せすぎ女性の割合がこのまま増えつづけると、その女性たち自身が将来人からの助けを必要とする生活を送る高齢者になるだけでなく、このDohadあるいはエピジェネティクスという現象は世代間連鎖することも分かっていることから、日本全体の健康問題と懸念されています。『個人の健康が、社会の健康を作り出す』と言われます。逆も然りで、社会全体が取り組む重要な課題であります。
痩せ信仰が蔓延する理由
「痩せなければいけない」「痩せているほうが美しい」というイメージを植え付けている背景にはメディアの影響が大きいように思われますが、親の価値観が子どもに与える影響も大きいと考えます。
近年、親が幼少期から「太ることは良くない」「痩せているほうがかわいい」というメッセージを伝える家庭が増えているようです。親がティーンエイジャーだったころの情報やイメージのまま、自分の子どもに古い価値観に基づいた発言を繰り返しているようです。
子どもたちは、日々の親の言葉が記憶に残り、「痩せていることが美しい」という考えが刷り込まれてしまい、その結果、過度な食事制限や栄養バランスの偏りが若年層に広がっているようです。
適切な認識が次の世代にもつなげていくためには、今の大人の世代が「食べ物が私たちの体を構成していること」「3大栄養素を取り入れた食事の必要性」「食材を活かした食事の重要性」を説明できるようになることで、次世代へと伝えていくことができます。
人生100年時代、この『100年を健康に生活できること』が、現在の日本で求められています。
日本肥満学会は、BMI 22が最も病気になりにくい適正体重としています。健康な体を維持するためには、単に「痩せること」を目標にするのではなく、適切な体重と筋肉量を保つこと、そして、食べたものが自分の身体を作ることを思い出しがら、バランスの取れた食事を心がけることを基本と考えましょう。
痩せすぎがもたらす長期的な健康リスクを理解し、無理なダイエットを続けないように気をつけましょう。
次回は、日常生活でできる糖尿病予防についてお話します。
金子 至寿佳(かねこ しずか)
日本糖尿病学会糖尿病専門医・指導医、日本内分泌学会内分泌代謝科専門医・指導医、日本老年医学会老年科専門医・指導医。
美術館めぐりが趣味の1つです。特に、エコール・ド・パリ画家のひとりアメデオ・モディリアーニと、20世紀モダニズム彫刻家と言われるアルベルト・ジャコメッティが好きです。
糖尿病① 糖尿病の仕組みと予防(11月21日公開)
糖尿病② 日々の食事と体のつながり(12月19日公開)
糖尿病③ 食の流行がもたらす問題点(2025年1月16日公開)
糖尿病④ 痩せ信仰と糖尿病リスク(2025年2月20日公開)←今回
糖尿病⑤ 予防のヒントと次世代へのバトン(2025年3月20日公開)