日赤和歌山医療センターの医師が健康や病気についての情報をお届けするコーナーです。専門医がさまざまなテーマを解説します。みなさんの健康保持にお役立ていただければ幸いです。

AYA世代のためのがん生殖医療

2021/06/25

がん生殖医療は、15~39才のAYA(Adolescent & Young Adoult)世代のがん患者さんが、がん治療を最優先にすることを前提として、将来、子どもをもつことを応援する医療です。

 

方法は、がん治療前に男女とも妊娠するために必要な能力(妊孕性=にんようせい)を温存するための「妊孕性温存療法」と、がん治療後の妊娠を補助するための「がん治療後の生殖医療」の2つがあります。

 

がん治療後も、妊娠、出産などのライフイベントに希望を持てるよう、日赤和歌山医療センターでは、がんセンター開設に合わせて「がん生殖サポートチーム」を立ち上げ、泌尿器科と産婦人科が協力して、がん生殖医療を行っています。

 

がん生殖医療の仕組みや当医療センターでの実際について、伊藤哲之第一泌尿器科部長と坂田晴美産婦人科部副部長に聞きました。

 

がん・生殖医療の目的

 

AYA世代には、進学、就職、結婚、出産、子育てなど大きなライフイベントがいくつもあります。その中でも子どもを授かることは大きなイベントです。「がんの治療を始めるけれど、将来、元気になったら、子どもを持ちたい」と思われる方のために、泌尿器科医、産婦人科医、不妊治療に詳しい認定看護師、実際に生殖補助医療を担う胚培養士などの職種が集まり、チームをつくって取り組んでいます。

 

抗がん剤などがん治療の影響で、男女ともに妊娠する力(妊孕性=にんようせい)が低下・喪失することがあります。そのため、がんの治療前に精子や卵子、受精卵を凍結して保存する妊孕性温存治療を行うことをおすすめします。将来、子どもを持つことを希望された場合には、凍結保存した精子や卵子と、採取した卵子・精子によって体外受精や顕微授精を行い、妊娠、出産を目指します。

 

 

これまでは、不妊治療を行うご夫婦に対する高度生殖治療の一環として、産婦人科で受精卵のみ保存してきました。精子保存は、当医療センターでがん治療中の患者さんに限って行ってきました。今回、2021年1月12日にがんセンターを開設したことに伴い、院内外のがん治療中の患者さんの精子や卵子の凍結もできるように院内の体制を整えました。和歌山県の治療費助成対象医療機関にも指定いただいています。

 

伊藤 第一泌尿器科部長

 

 

男性は精子を凍結保存

男性は、血液のがん、精巣がん、肝臓がんの患者さんの妊孕性温存治療を行うことが多いです。当医療センター以外の医療機関で治療を受けている患者さんでも、「精子凍結保存外来」を予約していただくことで、精子の凍結保存が可能です。

 

がんによっては精子保存の適応がないこともあり、必ず、がん治療を行っている医師の紹介状を持ってきていただいています。精液の採取は、泌尿器科の外来で説明から採取まで一連で行っており、その日、1日で終わります。採取前には、できる限り数日間禁欲して受診いただくよう勧めています。がん治療を最優先に考えますので、治療が遅れる心配はありません。勿論、後日に精液を採取することもできます。

 

 

がんの患者さんの妊孕性温存治療は、これまで、あまり知られていませんでした。今は、がん治療は格段に進歩して生存率も上がって、治療後を考えられるようになりました。QOL(生活の質)を大切にした医療、元気になったときに後悔しないようにする医療が求められていると感じます。

 

精子を作る機能が回復する可能性もありますから、実際は使わない可能性もあるんですが、精子の凍結保存ができると伝えると、たいてい「しようかな」「します」と返ってきます。ほとんど悩まれる様子はないですね。

 

男性の場合、年齢制限はありませんが、マスターベーションによって精液を採取できることが条件となります。若年者の場合は保護者にも説明します。同意書には、期待できること、回避できないリスクがあることなど詳しく掲載しており、十分な説明をしてから実施しています。

 

坂田 産婦人科部副部長

 

女性は卵子か受精卵を凍結保存

卵子を凍結できるのは、およそ16歳から。採卵できる年齢は体の状態にもよりますが、概ね40歳までが目安です。

 

未婚の場合は卵子をそのまま凍結、配偶者がいらっしゃる場合は受精卵の状態で保存することもあります。生理周期の関係もあり、採卵まで長ければ約2ヵ月かかります。がんの治療が最優先ですから、先に手術をしてから、抗がん剤治療までの間に採卵を行うなど、がん治療の担当医と相談して決めていきます。

 

卵子を取りたいという強い気持ちがある人も、迷っているから、まず診察を受けてからという人もおられます。未成年の場合はご両親と、ご結婚されている場合はご夫婦で来られますね。

 

乳がんなどホルモン治療があると、治療期間として5年ほど必要だったり、抗がん剤の影響で生理が止まってしまうこともある。だから、がん治療の前に、妊孕性を考えることが重要です。体外受精の成功率というのは、年齢によるところが大きいです。体外受精、顕微授精は、現在の医学では45歳が目安になります。治療が終わってから再発がないかどうか確認する期間を遡ると、40歳くらいまでに採卵できると理想的だと思います。

 

 

総合病院ならではの連携サポート

 

精子、卵子、受精卵のどれで保存したとしても、将来、子どもを希望された場合は、産婦人科を受診いただきます。精子凍結の場合は、顕微授精で妊娠を促します。卵子凍結の場合は、パートナーの精子の状態で、体外受精の場合と顕微授精となる場合があります。

 

当医療センターには、不妊症看護認定看護師や胚培養士などの専門職もいますので、安心して妊娠、出産いただける環境です。和歌山県で初めて体外受精、顕微授精などを成功させた実績もあり、実際に、男性がん患者さんの凍結精子をご結婚されたパートナーの卵子と顕微授精して、無事に出産に至ったケースもあります。

 

また、総合病院ですから、妊娠期間の見守りから出産、新生児医療までさまざまな医師、診療科が連携してサポートします。妊娠して、ある程度安定期に入れば、不妊外来の医師ではなく、産科の医師にバトンタッチさせていただく患者さんも多いですが、担当医から「今はこんな状態です」と教えてもらって、ずっと寄り添っていきます。

 

 

生活の質を大切にした医療を

一昔前、がんといえば不治の病でしたが、今は6割以上の患者さんが治ります。がん治療後の生活の質も考え、元気になった後に後悔しない医療が求められています。がん生殖医療もその1つです。

 

がん治療と並行して、5年後、10年後の人生を考えるのは難しいかもしれませんが、一度立ち止まって将来について考えていただきたいと思います。精子や卵子を保存しておくと、がんの治療が落ち着いた時点で、もう一度、子どもをもつ将来を考えることができます。私たちも今できることを精一杯考え、チーム一体となって患者さんをサポートしていきます。

 

 

別の医療機関でがん治療を受けている方は、紹介状をもらい予約センターから予約してください。男性は泌尿器科の「精子凍結保存外来」、女性は産婦人科の「不妊外来」になります。

 

費用は自費診療となり、相談料と凍結保存料などが必要ですが、和歌山県内にお住まいであれば治療費の助成を受けられる場合があります。助成対象者や申請方法は、県のホームページをご確認ください。

 

伊藤哲之(いとう のりゆき)

医学博士、日本泌尿器科学会泌尿器科専門医・指導医、日本がん治療認定機構がん治療認定医、ロボット(da Vinci)手術認定医、ロボット支援手術プロクター。日本内視鏡学会腹腔鏡技術認定医。

 

坂田晴美(さかた はるみ)

日本産科婦人科学会産婦人科専門医、ロボット(da Vinci)手術認定医。

 

詳しくはこちら

日本赤十字社 和歌山医療センター病院サイトはこちら

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