海外の紛争・災害などに対して、医師や看護師などの職員を派遣し、国境や宗教、人種を超えて人の命と健康、尊厳を守る活動に取り組んでいます。

国際人道法 2 (実践編)

2020/09/19

赤十字の活動の基礎になる国際人道法については、その概略を2019年5月にご紹介していますが、さらにその内容について、少しずつお話ししていきます。

 

今回は、「国際人道法って紛争地域だけのルールだから、平和な場所に住む私たちには関係ないよね?」というご質問に、お答えする形で進めていきます。

 

国際人道法と国際人権法の関係

 

たしかに、国際人道法は主に武力紛争時のルールなので、平時には国際人権法という別のルールが適用されています。しかし、両者は全く関係ないかというと、そうではありません。

 

国際人権法という何でもありの「幕の内弁当」のようなルールのうち、これだけは人間として大事だから、紛争時も守ろうよという「ダイジェスト」にあたるものが国際人道法なのです。

 

以下に、その例をいくつか示していきます。

 

 

例1・・・医療従事者の保護

国際人道法では、実は、紛争当事者は互いに傷病者を収容看護する義務を負っています。そのため、救助に向かう医療要員や、施設、機材等は保護の対象で、爆撃などの攻撃行為は禁止されています。

 

例えば、上の写真は、レバノンのパレスチナ難民キャンプ内の救急車と救急隊員です。

 

パレスチナでは、現在約560万人の難民がヨルダン川西岸地区、ガザ地区で避難生活を余儀なくされており、日本赤十字社は、ガザ地区、レバノンの難民キャンプで支援活動を展開しています。

 

救急隊員は、キャンプ内であっても危険地域で救助活動をしなければならない場合があり、その活動中の安全を保証するのが赤十字マークと国際人道法です。

 

実は、この医療従事者の保護というルールは、平時の国内においても、もちろん守られています。例えば、日本で病院のスタッフに暴力や脅迫などが行われると、刑法上の犯罪に問われます。なぜなら、国際人権法という平時の国際ルールと整合する国内法が定められているからです。

 

例2・・・子どもの保護

国際人道法では、子どもは敵対行為に参加しない者としての保護を受けるほか、その裏返しとして、兵士として徴募することが禁止されています。

 

バングラデシュ避難民キャンプで子ども達の診療をする日赤医師

 

また、離れた家族と赤十字等を通じて連絡をとれるようにも配慮しています。

 

例えば、バングラデシュ避難民キャンプでは、住民の半数近くが子どもだったことから、診療所でも生活状況や家族構成に注意して問診し、治療しました。

 

このように子どもを守るための配慮も、やはり平時の国内でも当然定められていることは、想像に難くないと思います。

 

例えば、救急外来に子どもの外傷患者が運ばれてきた場合、それが不自然な場合には、虐待の可能性も考えて対応しますが、これもまた子どもの保護の一環と言えます。

 

 

例3・・・武器の規制

また、国際人道法は、紛争の目的において不必要な苦痛を与えるような武器の使用を個別的に禁止することで、紛争の被害を軽減するための配慮もしています。

 

例えば、紛争地域において体内で容易に破裂するように意図された弾丸は、兵士を戦闘不能にする以上の殺傷能力があるため使用を禁止されています。

赤十字の戦傷外科医(紛争地域で活動する外科医)になるには、「弾道学」という講義の受講が義務付けられており、レントゲンで撮影した弾丸や摘出した弾丸についての知識も必要です。

 

幸い日本国内では、銃の携帯や使用そのものが警察官など以外は基本的に違法なので、平時からの武器規制が市民の安全を守っているといえるでしょう。

 

ただ、狩猟や射撃競技、犯罪など銃撃に関連する診療は国内でもあります。そこでは、戦傷外科医の存在や弾道学の知識が患者さんの救命に役立ったり、弾丸の種類や数を特定することで安全に関する情報提供に貢献することもあります。

 

例4・・・無差別人道待遇

国際人道法の目的そのものが、紛争の被害者を保護することにある以上、その被害者支援で差別につながる行為は許されません。

 

例えば、診療の優先順位を決定するのは、患者さんの病態の緊急度・重症度だけで、トリアージという方法で実施していきます。日本赤十字社は世界各地で現地の医療者たちに方法を伝え、被害者保護の活動を支援しています。

 

現地医師(右端)がトリアージする現場に立ち会い、指導する日赤医師(左から3人目後ろ)(レバノン)

 

「自分や家族を先に診てほしい」という気持ちは、紛争地域でなくても、誰しもが心の奥底にはあるでしょう。

 

不安の表れとして当然のものだとは思いますが、紛争地域では、そのことでイザコザが大きくなることもあります。

 

その時に、「この人はこういう状態だから、先に(後に)診察になります」と、誰もが納得できるように説明できることが大切です。このことは、国内の救急医療の現場や災害医療の場合も当てはまります。

 

今回は、「国際人道法って、紛争地域だけのルールだから、平和な場所に住む私たちには関係ないよね?」という疑問にお答えする形で、「実は、平時の国内のシステムの延長なんです」ということをお伝えできたらと、例を挙げてお話してきました。

 

あまり実感がわかない、もっと詳しく知りたいという方に、2016年、赤十字国際委員会(ICRC)がジュネーブ諸条約(国際人道法の一部)について全世界で実施したアンケートを紹介します。

 

ICRC“People on war“ 調査より

 

この調査は、国際人道法を「知っている」と答えた人を対象にしたものですが、世界の3分の2の人が国際人道法で戦争を制限することを「必要」と考えています。しかも、紛争下にある国々でより強い傾向にあることを示しています。

 

まだ「国際人道法って、本当に意味があるのかなぁ?」と思っていたら、「幸いなことに、その必要性を実感せずにすむ環境にいる」ことに考えをめぐらせてみませんか。

 

 

日本赤十字社和歌山医療センター 国際医療救援部

 

「和歌山から世界へ」では、様々な国際活動をレポートしていきます。出発式のほかにも、現地での活動、帰国報告会、国際人道法や語学・熱帯医学などの研修風景などをお届けします。乞うご期待!

 

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日本赤十字社 和歌山医療センター病院サイトはこちら

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