海外の紛争・災害などに対して、医師や看護師などの職員を派遣し、国境や宗教、人種を超えて人の命と健康、尊厳を守る活動に取り組んでいます。

マサイの戦士は看護師としても優秀だった!

2019/03/16

若手ドクターと病棟回診しているところ

「アフリカで医師として働く」と聞いてどんなイメージが浮かぶでしょうか?

私の世代(60代)なら野口英世とシュバイツァー博士ですが、暑さと伝染病の脅威は今も変わりありません。

 

国際救援は、「いのちを守る」日本赤十字社が行っている事業の中で大きな柱の1つで、内戦が長期間続いたために医療崩壊を招いている地域は、世界中、特に、アフリカのあちこちにあります。

 

日本赤十字社の海外救援活動は、台風や地震など自然災害に対しての救援活動をはじめ、これまで他の記事でも取り上げている保健衛生事業などあります。しかしながら、日本の外科医が、手術の執刀を取るような、専門性を活かしてその能力を十分に発揮できるような事業はこれまで多くはありませんでした。

 

 

その中で、私は、2014年11月から2015年2月までの4ヵ月間、アフリカのウガンダ北部地域へ派遣されて、外科医として活動しました。

 

これはウガンダ赤十字社と日本赤十字社による、2010年4月から6年間継続された2国間事業で、日本赤十字社にとっては、外科医を外科医として海外派遣した初めての事業でした。

 

派遣先は北緯3度に位置するカロンゴ村アンブロソリ記念病院、ウガンダと南スーダン国境にほど近い創立50年を超えるキリスト教系の私立病院です。

 

300床を持ちますが、80万人医療圏に外科医は一人もいません。比較的簡単な外科的処置で救えた命を多く失ってきたに違いありません。

「回診開始」のベルを鳴らす看護師

 

この病院には、どんな患者さんが訪れるのでしょうか?

物資に乏しく貧しい地域なので、銃創などはほとんどありません。マンゴーの木から転落して骨折したり、二輪車で転んだり喧嘩して怪我したり、身体のあちこちに感染して膿がたまったり、また、日本でも多い虫垂炎や十二指腸潰瘍穿孔などの腹痛患者さんも来院します。

 

けれども、日本と違って平均寿命は短く、検査機器もないので、がんと診断される患者さんはほとんどいません。

 

手術室をシアターと呼びます。この日は自家発電機が快調で、電気が点いている!

 

現地の若い医師と一緒に、1日数件の手術や処置を行い、外来診察をして、現地スタッフの教育を行います。看護師教育や薬剤管理指導も重要であるため、6ヵ年事業の後半3年間は、日本から看護師と薬剤師も派遣されました。

 

しかし、私達がいつまでも支援し続けるわけにはいきません。我々は、時期が来れば日本へ帰ってしまいます。現地スタッフが、自立して自分たちで医療を継続できるように支援することが重要です。

 

ウガンダには医科大学が4つしかなく、医師数が絶対的に不足しています。しかし、短期のインターン(研修)期間終了後はすべてを任される立場になるため若手医師のモチベーションは高く、また麻酔まで受け持つ看護師の意識も高いのです。

 

外科病棟最優秀看護師の彼は、カラモジャン(ウガンダ北部のマサイ族だそうです)。

写真の男性看護師は、カラモジャン(ウガンダ北部のマサイ族をこう呼ぶそうです)で、外科病棟看護師の中にあって、その誠実さと向上心の強さは群を抜いていました。ですから私たちは、外科診療を行いながら、現地の医師、看護師をはじめあらゆる医療スタッフの教育を行うことに心血を注ぎました。

 

また、現地の若手医師を1名選抜して、首都カンパラの国立病院に派遣しました。3年間のトレーニングの後、カロンゴに戻って今後の外科治療と教育を任せるという計画を立てました。このプランは幸い順調に運び、2016年3月に事業は無事終了しました。

 

現地の多くの医療スタッフが、日本赤十字社が支援した6年間で得た知識と技術を継承して、今後、彼の地が自立して医療を発展させられるよう願うばかりです。

 

 

 

 

「和歌山から世界へ」では、様々な国際活動をレポートしていきます。出発式のほかにも、現地での活動、帰国報告会、国際人道法や語学・熱帯医学などの研修風景などをお届けします。乞うご期待!

 

 

 

 

日赤和歌山医療センターHP

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