少し知っておくと役に立つかもしれない、こころに関するおはなしです。目に見えないものであるけれど、わたしたちの心は日々ゆらぎ、動いています。そんなときに思い出してもらえたら、ちょっと楽になるかもしれない内容をお届けします。

“うっかり”してしまう時の心理

2018/11/02

旅行帰りの友人が、「私、うっかり飛行機に乗り遅れちゃったのよ」とおかしそうに話してくれました。その日の予定は飛行機の出発時間から逆算して確認していたようですが、どこで間違ったのか、気づいたときにはもう全く間に合わない時間になっていたそうです。彼女はとても慎重な性格なので、それを聞いて「あなたでもそんなことがあるのね!」と非常に驚きました。

 

“うっかり”は、(当たり前ですが)思わぬ時にやってきます。小学生の頃、つい“うっかり”先生を「お母さん!」と呼び間違えて恥ずかしい思いをした人もいるのではないでしょうか? あるいは、大人になって、“うっかり”恋人を元カノの名で呼んで青くなった人もいるかもしれません。

 

このような間違いは、「似てないんだけどな」「恋しく思ってるわけじゃないんだけど」と自分でも不思議に思いますが、精神分析で有名なフロイトは“うっかり”を『失錯行為』と呼び、そこには無意識の意図や欲望が隠れていると考えました。

 

もし、“うっかり”に無意識の意図があるとすれば、冒頭の友人が飛行機を乗り遅れたのは、まだ帰らずに遊んでいたかったということなのでしょうか?

 

いいえ、私には、彼女が遊んでいたかったというよりは、むしろ失敗をしてみたかったように思えました。というのも、彼女は乗り遅れたことを「今回のことで、『人生どうにかなるもんだな』って思えるようになったのよ!」と目をキラキラさせて話していましたから。

 

彼女は“うっかり”乗り遅れてみることで、失敗を恐れて慎重になり過ぎる自分の窮屈さから脱却しようとしたのかもしれません。遅刻、忘れ物、言い間違い…単なる“うっかり”で片づけてしまわずに向き合ってみれば、その中に意外な自分を見つけられるかもしれませんね。

 

 

(臨床心理士 坂田真穂)

 

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