少し知っておくと役に立つかもしれない、こころに関するおはなしです。目に見えないものであるけれど、わたしたちの心は日々ゆらぎ、動いています。そんなときに思い出してもらえたら、ちょっと楽になるかもしれない内容をお届けします。

「お互いさま」に気づくとき

2022/01/07

 

カウンセリングでは、相談者と被相談者が多重関係をもつことは良くないとされています。例えば、上司と部下という関係でカウンセリングする場合など、両者の間にある利害関係や情が、ありのままの気持ちを話したり受け入れることを難しくするためです。

 

私は普段、日赤和歌山医療センターで職員のメンタルヘルスを担当していますが、体調を崩したときなど、逆に、相談室にいらっしゃった看護師さんに看護していただくことがあります。これも一種の多重関係ですが、そんなときはとても嬉しい気持ちになります。私がお役に立てることもあれば助けられることもあるという「人と人」としてのよき出会いを感じるためです。

 

こうした関係をありがたく思うようになったのは、東日本大震災でこころのケアに赴いたのがきっかけです。当時、被災地の中学校で私は、彼らとの心理的距離を縮められずにいました。

 

教室の生徒たちは、「援助される人」として、遠くから寂しそうにこちらを見ているように思えました。そんなある日、生徒たちと給食を食べていると、成り行きで私への“方言レッスン”が始まりました。関西弁を話す私に、東北の方言を教えようとクラス中が私を囲み、沸き始めたのです。驚いたのは、その時の彼らの生き生きとした顔!「援助される人」の顔とは別人のようにキラキラしていました。

 

その瞬間、以前、盲学校で働く視覚障害のある教員が「晴眼教員に(サポートしてもらうだけでなく)、生徒への教え方をアドバイスできることに働き甲斐を感じる」と話していたことを思い出しました。

 

人は「援助される」だけでなく、「援助し、援助される人」であってこそ、人との繋がりや生きがいを感じられるのです。被災地の生徒も、援助される一方ではなく、方言を教えられる自分に、誇りと喜びを取り戻したのかもしれません。

 

心理学では、人は「役割」を与えられると次第にその「役割」に相応しい行動をとることがわかっています。「援助される人」だと見られると、人は援助が必要な心理状態から抜け出せません。

 

しかし、相手の問題点や「できない」ことだけではなく、健やかな部分や「できる」ことにも目を向けると、私たちが相互に助け合う人間同士であることに立ち戻れるのではないかと思っています。

 

ありふれた日常の中でも、よき出会いを見失わないようにしたいですね。

 

 

坂田 真穂(さかた まほ)

日本赤十字社和歌山医療センター公認心理師(非常勤)、2005年より職員のメンタルヘルス支援を担当。臨床心理士、シニア産業カウンセラー。

相愛大学准教授、専門は臨床心理学。教育学博士。主な著書に『ケア ー語りの場としての心理臨床ー』(福村出版, 2020)など。

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