がん放射線治療の第一人者であり、高度医療に取り組んできた平岡院長が、がんについてわかりやすく解説します。ティーカップを片手にお気軽にお読みください。

がんへの新しいアプローチ、ゲノム医療

2021/12/21

近年、がんはゲノムの異常に基づく疾患だということが明確になってきています。

ゲノムとは遺伝子をはじめとする遺伝情報全体を指す言葉で、一人ひとり少しずつ違うゲノムを持っています。

 

がんを遺伝子の面から解析して治療に生かす「がんゲノム医療」は、がん医療を大きく変革させるポテンシャルを有しており、患者さんからの期待度も非常に高いですね。

 

厚生労働省は、臨床現場への展開に大きく踏み出しました。ゲノムがんゲノム医療中核拠点病院、がんゲノム医療拠点病院、がんゲノム医療連携病院などゲノム医療を実施する医療機関を指定し、各種のルールも整備しました。

 

 

まだまだ社会に広く展開できるだけの提供体制が整っていないという課題も抱えているのですが、将来はこれまでのがん医療を覆すような発展を生み出してくれる新しいアプローチだと私は信じています。

 

がんゲノム医療とは

 

「がんゲノム医療」は、がんを直接的にゲノムから見てみようという考え方に基づくもので、一人ひとりが持つゲノム情報あるいは個々のがんが有するゲノム情報を解析して体質に合う薬や治療法を見つけていく医療です。

 

 

がんの腫瘍から組織を取り、遺伝子解析をします。現状では、「次世代シークエンサー」と呼ばれる遺伝子構造解析装置が高速化しているので、1週間ほどでゲノムを解析できるようになりました。

 

その解析結果は、各分野の専門医・専門家から構成される組織(エキスパートパネル)をつくって検討し、さらに担当医がその検討結果を受けて効果が期待できる薬があるのか、その薬を治療に使うのか検討します。

 

 

適切ながんゲノム医療の提供は発展途上

 

ここまでの流れが本当にできれば従来の医療を変えてしまうほどポテンシャルがあると思うのですが、実際には、遺伝子解析をして効果があると期待できる薬にたどり着き、それが使える状況にあるのは2%くらいの割合といわれています。その数字の少なさから、まだ一般的な治療でないことがわかっていただけるだろうと思います。

 

ゲノム医療に関わる人材も全く不足していますし、薬の開発も追いついていません。このような医療を提供するには、ゲノムのことを十分に理解している医師はもちろん、検査に関わる人材、病気によっては看護師、臨床心理士などさまざまな職種の力が必要です。重層的に人材を集結させなければなりません。

 

また、ゲノム医療というのはこれまでと全く違う切り口で医療にアプローチしているので、医師も考え方を変えていかなければいけません。乳がんや卵巣がんなど、昨今、遺伝性の腫瘍について治療方針が変革しているのは乳腺外科や婦人科ですが、胃がんにも遺伝的背景が関わっているものが見つかってきました。

 

 

このようにゲノムに関連するものがどんどん見つかって、臓器ごとに治療するのではなく、身体全体を横断的に診るようになってくるでしょう。今までは、胃がん・肺がん・乳がんというように発症した部位でがんを分類していましたが、今後はゲノム異常からがんを診る時代になるかもしれません。それを誰がどう対応していくのか、人材の育成と確保、がん診療システムの構築や費用面など課題は多いです。

 

そういったことも含めて、患者さんには正しい情報を伝えていかなくてはならないと思っています。

 

 

情報が正しく患者さんに伝わる仕組みづくりを

 

このような新しい医療がこれからも出てくると思いますが、メディア等で取り上げられると、患者さんやご家族は期待を持って情報を探されます。ただ、新しいということは、まだ、整備されていない、環境が整っていないということでもあります。

 

そして、期待される効果が確約されていないこともあります。ドンピシャと合えば高い効果が得られますが、そうなるかどうかは不確定なところもあることを理解していただく必要もあります。

 

今のがん治療の王道は「標準治療」です。

 

このコラムでも繰り返し伝えてきましたが、標準治療が最もその人のがんに貢献できる治療です。標準という言葉が誤解を招くのかもしれませんが、しっかり標準治療を行えば間違いありません。

 

正しい情報が患者さんに伝わると良いのですが、がん治療に関しては、和歌山だけでなく全国的に、患者さんに十分な情報が届いていないと感じます。このWEB連載をはじめた理由でもあります。

 

 

情報を正しく伝えられる仕組みができて、「この治療法は、発展途上でどうなるかわからない」「これは効果があるかどうかわからないから、標準治療になっていない」などの情報がいつでも得られるようになると、心から納得して治療選択し、治療への過大評価や過小評価がなくなっていくのかなと思います。

 

この連載が、情報提供の場となることを願っています。

 

 

平岡 眞寛(ひらおか まさひろ)

日本赤十字社和歌山医療センター名誉院長

1995年43才で京都大学 放射線医学講座・腫瘍放射線科学(現:放射線医学講座 放射線腫瘍学・画像応用治療学)教授就任、京都大学初代がんセンター長。日本放射線腫瘍学会理事長、アジア放射線腫瘍学会連合理事長、日本がん治療認定医機構理事長、厚生労働省がん対策推進協議会専門委員などを歴任したがん放射線治療の第一人者。世界初の国産「追尾照射を可能とした次世代型四次元放射線治療装置」を開発し、経済産業大臣賞、文部科学大臣賞、JCA-CHAAO賞等を受賞。2016年4月から2022年3月まで当医療センター院長。2021年1月から、がんセンターで放射線治療(週1回外来診察あり)を担当。

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