少し知っておくと役に立つかもしれない、こころに関するおはなしです。目に見えないものであるけれど、わたしたちの心は日々ゆらぎ、動いています。そんなときに思い出してもらえたら、ちょっと楽になるかもしれない内容をお届けします。

明日に向かう力になること

2020/04/03

 

新型コロナウィルス流行によるイベント中止や物品不足、連日のニュースには気分が滅入ってしまいますね。

 

しかし、健康な人の致死率が高くないと報道されているためか、罹患することで自分の身体に起こる症状そのものに不安を感じている人は、案外多くないようです。

 

むしろ、家族や周囲に感染を及ぼすことに不安を感じている人が多いように思います。特に、医療や介護、保育など、助けを必要とする人のために働く人ほど、この不安が目立ちます。

 

自分の身が危険に晒されるのと同じくらい、病気をうつす存在になることを恐れるのは、日本人らしい気もします。罹患した人も本来は被害者であるはずが、「発熱後に外出した」「マスクをしていなかった」などと公表されると、迷惑な人だと思われてしまうのではないかと不安になります。

 

私たちが、それほどまでに「迷惑をかける存在になること」を恐れるのはなぜでしょう? 

 

もちろん、他者を気遣う気持ちが一番でしょうが、心のどこかには、「(迷惑をかけることによって) 自分の存在が否定されること」への恐怖があるかもしれません。このことは、自分が罹患する (または、濃厚接触者になる) ことで、自分や家族が差別的な目を向けられることへの不安とも通じています。感染症流行によって、自己存在の肯定感が脅かされるというストレスが生じているのです。

 

ところで、自己肯定感には、他者からの評価に支えられる「社会的自己肯定感」と、自分自身で自分の存在価値を認める「絶対的自己肯定感」があります。

 

心理学的には、「絶対的自己肯定感」を持つことが重要だといわれていますが、厳しい環境で生きてきた人やまじめな人ほど、自分を認める基準が厳しくなってしまいます。

 

そのため、そのような環境に居る人は、信頼できる他者にその存在や働きを認めてもらうことも大切です。

 

「感染していたらどうしよう・・・」そんな風に感じてしまうと、必要な外出さえも抑えがちになり、ストレスは溜まりがちです。時には、仲間や家族とお互いをねぎらい合ってみませんか?

 

「毎日の通勤、大変ね」「小さい子どもがいると、気を遣うでしょう」などと言葉にして、伝え合えると素敵ですね。

 

不安や不便の中で頑張っていることを認めてもらう体験は、自己存在の揺らぎを支え、明日に向かう力になります。

 

   苦しい時こそ、言葉を掛け合い、お互いの存在に感謝したいですね。

 

 

坂田 真穂(さかた まほ)

日本赤十字社和歌山医療センター公認心理師(非常勤)、2005年より職員のメンタルヘルス支援を担当。臨床心理士、シニア産業カウンセラー。

相愛大学准教授、専門は臨床心理学。教育学博士。主な著書に『いのちを巡る臨床―生と死のあわいにいきる臨床の叡智』(創元社, 2018)など。

日赤和歌山医療センターHP

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