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消化器外科


内視鏡手術について

消化管外科の世界に「革命」をもたらしたのが「内視鏡手術」です。この手術はまず、臍部に小さな穴を開け、そこから二酸化炭素ガスを注入して腹壁を膨らますことにより腹腔内に空間を作ります。内視鏡スコープをへその穴(ポート)から挿入し、さらに数カ所の小さな穴から特殊な手術器具を挿入して、モニターを見ながら従来の開腹(開胸)手術と同様の手術を行います(図1)。

図1 内視鏡手術風景


最新のハイビジョン3D内視鏡で近接視すると肉眼で見るよりも精細な画像を得ることが可能となり、さらに超音波凝固切開装置といった凝固止血を行いながら組織を切開できる手術機器の開発も内視鏡手術の発展に大きく貢献しています。内視鏡手術では従来の開腹(開胸)手術に比べて創が小さく(図2)、患者さんの身体に対する負担も軽減します。

図2 手術創 

腹腔鏡下胃切除術(術後 5 日目)

開腹胃切除術


さらに手術機器の開発と技術の進歩により非常に繊細な手術ができるようになりました。
徹底したリンパ節郭清を行いながらもほとんど出血させることのない手術が可能となっています。

内視鏡手術は従来の手術とは異なる技術が必要となるため、日本内視鏡外科学会のビデオ審査に合格した外科医には技術認定医という資格が与えられています。当科では2022年4月現在、11名がこの資格を取得しています。

この内視鏡手術をいち早く導入して多くの経験を積むことにより、当医療センターではほとんどすべての進行胃がん・食道がん・大腸がんに対して内視鏡手術を行うことが可能となっています。胃がんにおいては幽門側胃切除術だけでなく、難度が高いと言われる胃全摘術や噴門側胃切除術、さらに他臓器合併切除などの術式にも対応しています。食道がんは術前に抗癌剤や放射線治療を行うことが多いのですが、このような症例でも原則は胸腔鏡下手術で行っています。

胃がん、食道がん、大腸がんの内視鏡手術での治療成績を図3に示します。胃がん、食道がんに関しては山下部長個人の治療成績、大腸がんに関しては当科での治療成績となりますが、それぞれ従来の開腹(開胸)手術と比べても優れた治療成績を示しています。


ロボット手術

手術支援ロボットとは

腹腔鏡手術は開腹手術と比べるとさまざまな長所がありますが、短所もあります。腹腔鏡手術で使われる手術器具は長い棒状のものであり、言わばお箸を使って手術をするようなものです。当然、開腹して通常の手術器具を使うほうがはるかに簡単です。難度の高い手術を行うにはより高度な技術が必要となってきます。このような背景のもと、登場したのが手術支援ロボット ダヴィンチサージカルシステムです(図1)。

図1 ダヴィンチサージカルシステム(左よりペイシェントカート、ビジョンカート、サージョンコンソール)

ロボット支援手術は腹腔鏡手術と基本は同じで、お腹に小さな孔を開けてそこからカメラや手術器具がついたロボットアームを挿入しますが、このアームの先端には前後左右に540度動く小さな関節がついています(図2)。

図2 ロボットアーム

アームにつける手術器具(インストゥルメント)には、用途に応じて、電気メス、ハサミ、縫合用のニードルドライバー、自動縫合器など50種類以上のタイプが用意されています。術者は「サージョンコンソール」とよばれる操縦席に座り、3D画像を見ながら手元のコントローラーでロボットアームを操縦します(図3)。

図3 サージョンコンソールとコントローラー


ロボット支援手術の基本手技は腹腔鏡手術とほぼ同じですので、腹腔鏡手術の経験をそのまま生かすことができます。ダヴィンチのその他の機能としては、「モーションスケーリング機能」「手ブレ防止機能」などがあります。「モーションスケーリング機能」とは人間の手の動きを1.5分の1、2分の1、3分の1のスケールに縮小してロボットアームに伝える機能です。例えば3分の1に設定した場合、執刀医がコントローラーを6cm動かした時、アームの先端は2cmだけ動きます。これらの優れた機能により従来の腹腔鏡手術に比べてより緻密な作業を正確かつ安全に行なうことが可能です。

胃がんに対するロボット支援手術の現状

2012年、泌尿器科領域の前立腺全摘術に対してロボット支援手術が初めて保険適用となりました。前立腺手術にダヴィンチを用いると従来の内視鏡手術に比べて繊細な操作を簡単に行えるようになったため、現在ではロボット支援手術が標準術式となり広く普及しています。一方、胃がん手術は胃という大きな管腔臓器を対象とするため取り回しが難しく、操作範囲も広くなってロボットアーム同士の干渉が問題となります。また、リンパ節の掃除(リンパ節郭清)や胃切除後の再建など複雑な作業が多く、前立腺手術のようにダヴィンチが手術を容易にするわけではありません。胃がんにおけるロボット支援手術は手術を容易にするというより、腹腔鏡手術を超える精度の高い手術を可能にする手段であるというのが個人的な見解です。2014年から先進医療として行われた臨床試験にて術後合併症を有意に減少させることが証明され、2018年の4月にようやく保険適用となりました。
胃がんに対するロボット支援手術が保険適用となった現在、消化器外科医なら誰でもすぐにロボット手術ができるというわけではありません。ロボット手術を行うためには、ダヴィンチ手術トレーニングコースを受講し、certificate(ダヴィンチ手術認定医)を取得する必要があります。

この条件をクリアできた医師が、ロボット支援手術を行うことができます。受講することが必須となっているダヴィンチ手術トレーニングコースの内容は、1.オンライントレーニング、2.オンサイトトレーニング、3.オフサイトトレーニング、4.症例見学からなっており、症例見学は全国に8ヵ所ある胃がんのメンターサイト(症例見学指定施設)のいずれかで行うとダヴィンチ手術認定証が取得できます(図4)。

図4 胃がんロボット支援手術のメンターサイト

胃がんロボット支援手術における当医療センターの役割

当医療センターは2017年、和歌山県で初めて胃がんに対するロボット支援手術を導入しました。導入当初は保険適用がなかったため、自由診療にてこれを行いました。その結果、現在では当医療センターの技術力とチーム力が認められ、前述の胃がんロボット支援手術のメンターサイトに認定されています(図4,5)。

図5 メンター証書

また、山下 好人消化器外科部長は、日本内視鏡学会が勧めるプロクター(指導医)として他の施設でロボット支援手術の指導も行っています(詳しくは、日本内視鏡外科学会ホームページをご覧ください)。また、辰林 太一副部長と宮本 匠副部長も ロボット(da Vinci)手術認定医を取得しています。

ロボット支援手術の実際については  山下(個人)のWebサイト

 

直腸がんに対するロボット支援手術も積極的に行っています

2018年の4月より直腸がんに対するロボット支援手術が保険適応用となっています。当医療センターでは伊東 大輔消化器外科部長、横山 智至副部長がロボット(da Vinci)手術認定医を取得しており、2022年4月現在、150例を超えるロボット支援下直腸がん手術を行ってきました。
伊東 大輔消化器外科部長は、ロボット支援手術認定プロクター(直腸)として、他の施設でロボット支援手術の指導を行っています。


胃がんとは

胃がんは胃の粘膜(胃の内側の膜)から発生した悪性腫瘍です。胃がんの進行具合(ステージ)は壁深達度(T)、リンパ節転移の有無(N)、遠隔転移の有無(M)により決定されます。

ステージ1は最も早期で、ステージ4は最も進行した状態です。

●壁深達度 T 胃の壁にどれくらい深く入り込んでいるか

●リンパ節転移 N 胃のまわりのリンパ節に何個転移しているか


●遠隔転移 M 胃から遠く離れた臓器への転移


進行度の臨床分類(Stage)

胃の機能

・食べたものを胃液と混ぜ合わせることにより、どろどろのかゆ状にする
・どろどろになった胃内容を少しずつ十二指腸、小腸に送る
・血液成分の産生に必要である鉄やビタミンB12の吸収に関与する
・胃酸による殺菌作用

食道・胃がんユニットによる診断と治療方針の決定

当医療センターでは初診から治療開始までの期間を可能な限り短くしています。

胃がんが見つかった場合、
①そのがんがどれくらい進行しているか(ステージ)を早急に調べます。
②消化管外科医・内科医・放射線治療科医・腫瘍内科医から構成される食道・胃がんユニットにより個々の患者さんに合った治療法を迅速に検討します。
③最終的な治療方針は患者さんの全身状態も考慮しながら、患者さんとともに決定します。

必要な検査

診断に必須の検査

  • 内視鏡検査(胃カメラ)生検組織診断にて確定診断します。
  • CT撮影(コンピューター断層撮影)
    がんの拡がりぐあい、特にリンパ節転移や遠隔転移を調べます。

必要時に行う検査

  • 上部消化管造影検査(レントゲン検査)
  • 超音波内視鏡検査
  • PET-CT検査(陽電子放射断層撮影法)
  • 審査腹腔鏡
    かなり進行したがんの場合、全身麻酔下にお腹に小さな穴をあけ、腹腔鏡というカメラで実際に腹腔内をのぞいて調べることがあります。

手術に必要な検査

心電図、呼吸機能検査、血液検査、尿検査、胸部レントゲン検査、
下肢静脈超音波検査(必要時)、心臓超音波検査(必要時)

術前準備

禁煙について

喫煙されている患者さんは手術まで必ず禁煙してください。喫煙者は手術後の合併症が起こる危険性が高くなります。

呼吸訓練について

呼吸機能の悪い方、喫煙されていた方、ご高齢の方などは術前から右記の呼吸訓練機器で呼吸訓練を行っていただきます。これを行うことで、術後の呼吸器合併症予防や呼吸機能の回復を促進します。

患者サポートセンターがん周術期ケアセンターでは、様々な職種がチームを組み、術前術後の患者さんをサポートします。

胃がんの治療法

内視鏡治療 (ESD)

早期胃がんに対して内視鏡(胃カメラ)で胃の内側からがんを含む粘膜を切り取る方法です。当医療センターでは食道・胃ユニットの内科医が担当します。

外科治療

胃がん手術の基本は下記3つ
胃の切除
・リンパ節郭清胃周囲のリンパ節の掃除)
・再建    (食物の通る新しい経路を作ること)

胃切除の種類:   幽門側胃切除術・胃全摘術・噴門側胃切除術

アプローチの種類: 開腹手術)腹腔鏡下手術、ロボット手術

当医療センターではほとんどすべての胃がん手術を腹腔鏡、またはロボットで行っています。


1.幽門側胃切除術 胃の下側(幽門側)を切る手術

2.胃全摘術 胃の上部に及ぶ大きな進行がんや、非常に広範囲の胃がんに対して行われます

3.噴門側胃切除術 胃の入り口側(噴門側)を切る手術

mSOFY法による食道残胃吻合
当医療センターで考案し、全国的に広まっている方法です。
詳細は、こちら

4.噴門側胃切除+下部食道切除術
食道胃接合部がん(食道と胃の境界に発生したがん)に対して行われます。


・腹腔鏡下またはロボット支援下で行っています。
・噴門側胃切除の後、腹部からの操作で下部食道切除と周囲のリンパ節郭清を行います。
・再建:胸の中の食道と腹部から持ち上げた残胃をmSOFY法で吻合します。
・右胸からの操作を追加することもあります。

腹腔鏡下胃切除術(内視鏡手術)

当医療センターではほとんどすべての手術を腹腔鏡、またはロボットで行っています。

腹腔鏡下手術の長所 腹腔鏡下手術の短所
創が小さい
痛みが少ない
術後の回復が早い
出血が少ない
術後腸閉塞の合併症が少ない
腹腔鏡手術手技の習得が必要
手術時間が長くなる
開腹移行する可能性がある
(非常にまれ)

ロボット支援下腹腔鏡下胃切除術

ダヴィンチXi


・最新型のダヴィンチXiを導入し、積極的にロボット手術を行っています。
・全国に10ヵ所しかないメンターサイト(症例見学指定施設)となり、指導的な役割を担っています。
・従来の腹腔鏡手術に比べてより緻密な作業を行なうことができるため、医療センターではより進行した胃がんを適応としています。
・膵液漏などの合併症は腹腔鏡下手術よりも減少しています。


術後の経過

順調に経過した場合、入院期間は9日間と非常に短くなっています。

幽門側胃切除術後のクリニカルパス

早期回復のために患者さんに行っていただきたいこと

術後合併症

  • ・術後合併症とは、術後に望まない不都合な状況が発生することです。
  • ・合併症は、注意深く手術をしても一定の割合で発生します。
  • ・患者さんの年齢、全身状態、併存する持病により影響を受けます。
  • ・重篤な合併症が起こると、不幸にして命を落とされる可能性もあります。
縫合不全
・消化管を繋ぎ合わせた部分(吻合部)から腸液などが漏れること。
・ドレーンという管を留置して漏れた液を排出することで自然治癒させます。
・ドレーンがうまく効いていない場合は、再手術の可能性もあります。
膵炎・膵液瘻(ろう)
・膵臓周囲のリンパ節を郭清することで膵臓表面が傷ついて起こります。
・膵液(消化液)が腹腔内に漏れ、膿の溜まり(腹腔内膿瘍)ができることがあります。
・縫合不全と同様にドレーンを留置して治療しますが、再手術の可能性もあります。
出血
従来の開腹手術に比べて出血量は非常に少なくなっています(通常50ml以下)。
感染
胃や腸の中には無数の細菌がいるため、おなかの創やおなかの中(腹腔内)に膿が溜まることがあります。
通過障害、吻合部狭窄
吻合部のむくみや腸の動きのぐあいで食べたものがうまく腸に流れて行かないことがまれにあります。
癒着による腸閉塞
術後に腹壁や腸などが癒着することで、腸閉塞(イレウス)が起きることがあります。
腹腔鏡手術やロボット手術では癒着は少ないです。
内ヘルニア
小腸を胃や食道と吻合する再建法では持ち上げた小腸の背側に別の小腸が入り込んで腸が捻じれることがあります。
肺塞栓
長時間の手術や腹腔鏡による手術は脚の静脈に血のかたまり(血栓)が生じやすく、この血栓が肺動脈に流れて閉塞し、呼吸困難が起こります。
肺炎・無気肺
アレルギー
術後せん妄 など

薬物療法(抗がん剤治療)

  • ・分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤という新しいタイプの薬も登場
  • ・患者さんやがんの性質によって薬の効果や副作用の程度は異なります
  • ・2~3種類の薬を組み合わせて治療することが多いです
  • ・実際に治療を行いながら、効果と副作用の程度で薬の種類を変更していきます

 

胃がんに使用される薬:

S1、オキサリプラチン、ドセタキセル、シスプラチン、パクリタキセル、カペシタビン、トラスツズマブ(分子標的薬)、ラムシルマブ(分子標的薬)、ニボルマブ(免疫チェックポイント阻害剤)、ペムブロリズマブ(免疫チェックポイント阻害剤)、トリフルリジン・チピラシル、イリノテカン、トラスツズマブ・デルクステカン(分子標的薬)など

 

手術後の再発予防(術後補助療法)
ステージ2の患者さん:S1の1年間内服
ステージ3の患者さん:DS療法(S1の内服とドセタキセルの点滴)                                   

進行がんに対する手術前の治療(術前化学療法)
進行胃がんでは、抗がん剤でがんを小さくしてから手術を行うこともあります。
SOX療法(S1内服とオキサリプラチン点滴)など  

切除できない進行・再発胃がんに対する化学療法
手術でがんを取りきれない患者さんや再発した患者さんに対しては薬物療法が治療の中心となります。

 

 


治療後の通院と検査

  • ・術後は4~6ヵ月間隔で再発の発見のための診察・検査を行います
  • ・がんの進行度により通院の間隔や検査の間隔が異なります。
  • ・5年間、再発や転移を認めない場合は完治(当院での治療は終了)となります。

胃がん術後地域連携パス

 

胃がん術後地域連携パス:
当医療センターとかかりつけ医が協力して、患者さんに安心で質の高い医療を提供します。

 

術後の生活(栄養と運動について)

胃切除後の症状(胃切後障害)について

体重減少
多くの方は術後数ヵ月で10~15%の体重減少がみられます。
下痢
胃の手術後10%程度にみられますが、ほとんど1年以内におさまります。
排ガス過多(おなら)
腸内細菌叢の変化や空気嚥下により、排ガスが多くなります。
ダンピング症候群
胃切除により食物が一度に急に小腸に流れ込むことで、不愉快な症状が起こります。
早期ダンピング(食後30分以内)
症状:腹痛・腹鳴・腹部膨満・吐き気・おう吐・冷や汗・動悸・めまい・眠気・
脱力感・頭痛・顔が赤くなるなど
対処法:よく噛んでゆっくりと食べる、食事中の水分摂取を控える
晩期ダンピング症候群(食後2~3時間)
症状:低血糖症状(脱力感・めまい・動悸・息切れ・冷や汗・手のふるえなど)
対処法:症状が出現したら、早めに糖分(甘い飴やジュースなど)をとる
逆流性食道炎
食べたものや消化液が食道に逆流し、胸やけ・吐く・みぞおちの痛み・食事が通らないなどの症状がみられます。
対処法:内服薬、食後はしばらく座って過ごす、上半身を少し高くして寝る
貧血
血液を作るのに必要な鉄やビタミンB12が吸収されにくくなるため起こります。
対処法:鉄剤やビタミン剤などの投与

体力の維持について

・胃を切除した後は、1年間に10~15%の体重減少がみられます。
・とくに術後3ヵ月の間は脂肪だけでなく筋肉量も低下します。
術後3ヵ月の間でいかに体重減少を抑えるかが、大きなカギとなります。
・栄養剤も使用した栄養摂取と運動が大切です。

当医療センターでは術前~退院後も管理栄養士が栄養状態のサポートをします。
体力が低下している患者さんは術前よりリハビリテーション課がサポートします。


食道がんとは

1)食道の構造と機能

食道は、のど(咽頭)と胃の間をつなぐ長さ 25cm ぐらい、太さ2〜3cm、厚さ約4mm の管状の臓器です。食道の大部分は胸の中、一部は首(約5cm)、一部は腹部(約2cm)にあります。食道は身体の中心部にあり、胸の上部では気管と背骨の間にあり、下部では心臓、大動脈と肺に囲まれています。

食道は、口から食べた食物を胃に送る働きをしています。食物を飲み込むと、筋肉でできた食道の壁が動いて食べ物を胃に送り込みます。食道の出口には、胃内の食物の逆流を防止する機構があります。食道には消化機能はなく、食物の通り道にすぎません。

2)食道がんの発生と進行

食道がんは食道の真ん中~下1/3 に最も多く発生します。がんは食道の内面をおおっている粘膜から発生します。がんが大きくなるとこの粘膜を超えてその外側にある粘膜下層、さらに筋肉の層へと入り込みます。もっと大きくなると食道の壁を貫いて食道の外まで拡がっていきます。食道の周囲には気管・気管支や肺、大動脈、心臓などの非常に重要な臓器が近接しているため、食道壁の外にまで拡がるとすぐにこれらの臓器にも入り込んでいきます(浸潤)。粘膜と粘膜下層に留まるがんは表在がん(粘膜に留まるものは早期がん)と呼んでいますが、筋層にわずかでも入ったものはすべて進行がんと呼ばれます。従って進行がんと言っても、早期がんに近いものから末期がんにいたるまでさまざまな進行程度が存在します。


がん細胞はもともとの場所(原発巣)から生きたまま離れていく性質を持っています。食道壁の中と周囲にはリンパ管や血管が豊富であり、がん細胞はこのリンパ液や血液の流れに入り込んで食道を離れ、食道とは別のところに流れ着いてそこで増えはじめます。これを転移といいます。リンパの流れで転移したがんは、リンパ節にたどり着いてかたまりをつくります。食道のまわりのリンパ節だけではなく、腹部や首のリンパ節に転移をすることもあります。食道がんの患者さんの半数以上の方にリンパ節転移が存在しますが、それほど遠いところの転移でなければ手術で取ることが可能です。血液の流れに入り込んだがんは、肝臓、肺、骨など全身のあらゆる所に転移しますが、この場合は手術で取ることは不可能となります。


3)食道がんはどのような人がなりやすいの?

わが国で1年間に食道がんにかかる人はおよそ9,000人で、これは胃がんの10分の1の発生頻度です。年齢別にみた食道がんの罹患(りかん)率・死亡率は、ともに40歳代以降増加し始め60歳代の方が最も多く、男性は女性の5倍以上です。

 

食道がんにかかる原因ははっきりとは特定できませんが、飲酒喫煙をされる方が多くかかるといわれています。50 歳以上の男性で、たばこを吸う方、お酒をたくさん飲む方は食道がんにかかる可能性が高くなりますので、内視鏡検査を受けることをお勧めします。しかし、飲酒や喫煙をされない方でも食道がんにかかる人はいます。

また、食道がんの患者さんは咽頭(のど)や口、喉頭などにもがんができやすいことがわかってきました。


進行度(ステージ)

食道がんの治療法を決めたり、また、治療によりどの程度治る可能性があるかを推定する場合、病気の進行の程度をあらわす分類法、つまり進行度分類を使用します。わが国では日本食道疾患研究会の「食道がん取扱い規約」に基づいて進行度分類を行っています。各検査で得られた所見、あるいは手術時の所見により、深達度、リンパ節転移、他の臓器の転移の程度にしたがって病期を決定します。

0期
がんが粘膜にとどまっており、リンパ節や他の臓器にがんが認められないものです。いわゆる早期がん、初期がんと呼ばれているがんです。
I(1)期
がんが粘膜にとどまっているが近くのリンパ節に転移があるものか、粘膜下層まで浸潤しているがリンパ節や他の臓器にがんが認められないものです。
II(2)期
がんが筋層を越えて食道の壁の外にわずかにがんが出ていると判断された時、あるいは食道のがん病巣のごく近傍に位置するリンパ節のみにがんがあると判断された時、そして他の臓器にがんが認められなければ II 期に分類されます。
III(3)期
がんが食道の外に明らかに出ていると判断された時、食道壁にそっているリンパ節か、あるいは食道のがんから少し離れたリンパ節にがんがあると判断され、他の臓器にがんが認められなければIII(3) 期と分類します。
IV(4)期
がんが食道周囲の臓器におよんでいるか、がんから遠く離れたリンパ節にがんがあると判断された時、あるいは他の臓器にがんが認められたら IV(4) 期と分類されます。

必要な検査

食道がんの診断やがんの拡がりぐあいを調べるためには下記のような検査を行います。また、予定する手術を安全に行うために必要な検査として心電図、呼吸機能検査、血液検査などを行います。

1)食道造影検査(レントゲン検査)

バリウムを飲んでレントゲンで撮影する検査です。食道がんの存在する位置や狭窄の程度などを判断するうえで重要な検査です。

2)内視鏡検査(胃カメラ)

内視鏡検査では、がんの一部を小さくつまみとって、顕微鏡でがん細胞の有無をチェックします(生検組織診断)。がん細胞を顕微鏡で確認して初めてがんと確定診断されます。また、内視鏡検査時にルゴール液を食道に散布すると、正常の粘膜は茶褐色に染まりますが、がんの場所は染まらずに白くぬけて見えるため小さながんも発見することができます。但し、ルゴール液を散布した時は胸が熱く感じたり、えずいたりしますので多少の我慢が必要です。

3)CT 検査

CT(コンピューター断層撮影)は身体の内部を輪切りにしたように見ることができる X線検査です。がんと食道周囲臓器との関係やリンパ節転移や肺、肝臓などの転移を調べるためには最も優れた診断法です。造影剤を注射して撮影するため、アレルギーが出現することがあります。比較的楽な検査です。

4)超音波検査

超音波検査は腹部や首(頸部)について行います。腹部では肝臓への転移や腹部リンパ節転移の有無などを検索し、頸部では頸部リンパ節転移を検索します。比較的楽な検査です。

5)気管支鏡検査(通常は行いません)

進行がんでは食道の前にある気管にがんが及んでいるかどうかを調べるために気管の中を内視鏡で見る検査をすることもあります。

6)PET-CT 検査

がんは正常細胞よりも活発に増殖するため、そのエネルギーとしてブドウ糖を多く取り込みます。PET 検査では放射性ブドウ糖を注射し、その取り込みの分布を撮影することでがんを検出します。食道がんでも進行度診断での有効性が報告されています。

治療

食道がんの治療には大きく分けて、4つの治療法があります。それは、内視鏡的治療(胃カメラ)、外科治療(手術)、放射線療法、化学療法(抗がん剤治療)です。それぞれの治療法には長所と短所があり、どの治療法を選択するかはがんの拡がり具合と身体の状況により違います。これらの治療を組み合わせて行う場合もあります。病気の状態や体力をよく調べてから、十分に説明させていただいたうえで、それぞれの患者さんに一番適した治療法を受けていただきます。ご本人が望まない治療を無理に受けることはありません。

内視鏡的治療

内視鏡的治療は、内視鏡(胃カメラ)で見ながら食道の内側からがんを含む粘膜・粘膜下層までを切り取る方法です。内視鏡的粘膜切除術(EMR)や内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)とよばれます。この方法を行うにはがんが粘膜までにとどまっていることとリンパ節転移のないことが必要です(ステージ0期)。がんが食道の粘膜の表面(粘膜上皮と粘膜固有層)までにとどまっていればリンパ節転移もほとんどないと言われており、この治療が適応となります。但し、切除した組織を顕微鏡で検査した結果、治療前の診断と異なりがん病巣がより深くに及んでいれば、リンパ節転移が存在する可能性もあり、外科治療(手術)や放射線療法(+抗がん剤治療)を追加します。当医療センターでは消化器内視鏡の専門医がこの治療を行っています。

外科治療(手術)

手術は身体からがんを切りとってしまう方法で、食道がんに対する現在最も一般的な治療法です。手術ではがんを含め食道を切除します。同時にリンパ節を含む周囲の組織を切除します(リンパ節郭清)。食道を切除した後には食物の通る新しい道を再建します。食道は首、胸部、腹部にわたっていて、それぞれの部位によりがんの進行の状況が異なっているので、がんの発生部位によって選択される手術術式が異なります。

1)手術の種類

○頸部食道がん(首の食道がん)

がんが小さく頸部の食道にとどまり、周囲へのがんの拡がりもない場合は、のどと胸の間の頸部食道のみを切除し、同時に頸部のリンパ節郭清を行います。切除した食道のかわりに腹部より小腸の一部(約10cm)を移植して再建します。なお、移植小腸の血管は頸部の血管とつなぎ合わせます。のどの近くまで拡がったがんでは頸部食道とともに喉頭(声帯のあるところ)も切除するため声が出せなくなります


○胸部食道がん

手術は以下のように行います。食道は胸の中にあるので、まず胸の手術をします。右の胸からアプローチし、右肺をよけて奥にある食道とまわりのリンパ腺を切り取ります。がんが食道の上の方にあっても下の方にあっても、胸の中の食道はほとんど切り取ります。胸の食道を切り取った後は胃を首まで引き上げて食べ物の通り道を新しくつくります(再建)。このため、胸に続いてお腹の手術を行います。胃の血流を保ちながら胃の周りを切ってぶらぶらにし(胃管作成)、その先端を首まで引き上げます。首にもメスを入れ、のどの下で切り放した食道と胃管を繋ぎます(吻合)。何らかの理由で胃を持ち上げて再建することができない時には大腸や小腸を首まで持ち上げます。胃や大腸、小腸を引き上げる経路は、もとの食道があった心臓の後ろの経路(後縦隔経路)か、胸骨の後ろで心臓の前を通る経路(胸骨後経路)、もしくは前胸部の皮下を通る経路(胸壁前経路)のいずれかで、その時の状況により選択されます。胸部食道がんでは、腹部や頸部のリンパ節にも転移をおこすことが多いので、腹部や頸部のリンパ節も郭清します。このように胸部食道がんの手術は胸部、腹部、頸部の操作が必要となるので手術はとても大きなものとなります。手術時間は 8 時間程度が目安ですが、症例によって異なります。


食道切除と胃管による再建

 


自動縫合器を用いた胃管作成

 


内視鏡手術(鏡視下手術)

 


従来法では、右胸に20cm、お腹に15cmほどの皮膚切開を加え、さらに肋骨も 1 本折って手術を行います。しかしながら、当医療センターでは、最先端の技術により、胸腔鏡下および腹腔鏡下手術にて食道がんの治療を行っています。

胸腔鏡下手術はまず、右胸に直径1cmの穴を開けてテレビカメラを挿入し、胸のなか(胸腔内)をテレビに映します。このテレビ画面を見ながら、さらに直径1cm程度の穴を5個開け、その穴から特殊な手術器具を挿入して、従来法と同じことを行います。腹腔鏡下手術はお腹に6cmの小切開を加え、ここに術者の左手だけを挿入し、テレビ画面を見ながら手術を行います。この手術では傷が小さいため、術後の痛みが少なく、回復も早くなります。ただし、手術そのものには高度な技術が必要となります。


従来法(開胸開腹手術)

胸腔鏡、腹腔鏡下手術


○腹部食道がん

腹部食道のがんに対しては、みぞおちからおへそまでの上腹部切開に加えて右側または左側の胸部切開を行う方法か、腹部のみの操作で経食道裂孔的に行う方法があります。切除の範囲はがんの発生部位、大きさ、進行度にもよりますが、食道の下部と胃の噴門部(入り口に近いところ)を切除し、残った胃を持ち上げてつなぐ方法や、食道の下部と胃の全部を切除し、小腸を持ち上げてつなぐ方法などがあります。


2)手術の合併症
手術に伴っていろんな困ったこと(合併症)が発生してくる可能性があります。合併症を起こさないように最大限の努力はしていますが、100%安全な手術というのはありえませんので、何卒、ご了承ください。以下に起こる可能性のある合併症のいくつかについて述べます。

出血:食道を切除する際には、多くの血管を切る必要があります。術中出血量はがんの部位や進行度、患者さんの状態によって変わりますが、出血量が多い場合には輸血が必要となります。この際、日本赤十字社から安全性が確認された血液を必要最小限度のみ輸血させていただきますが、この輸血も 100%安全なものとは言えません(輸血の説明書を参照)。また、術後に出血が起こって再手術(止血術)が必要となることがあります(頻度は1%以下)。

 

感染・肺炎:どのような手術でも術後に創部や肺などに細菌が増殖して感染症をきたす可能性があります。予防的に抗生物質を投与しますが、食道がんの手術では 10%程度の患者さんに肺炎が合併します。これは、(1)開胸手術、(2)喫煙、(3)気管に入る血流や神経の切離、(4)声帯の運動をつかさどる反回神経の損傷による誤嚥など(後述)が原因で肺に痰が貯まって発生します。万一、肺炎がひどくなった場合には一時的にのどを小さく切開し(気管切開)、直接、気管内にチューブを挿入して人工呼吸器をつけることもあります。気管切開すると声が出せなくなりますが、肺炎が良くなってチューブが抜ければ、声は出せるようになるので心配はいりません。肺炎を予防するためにまずは禁煙を厳守してください。これが最も大切です!それと手術の前に鼻の中や痰の細菌検査を行い、除菌軟膏を鼻の中に塗っていただきます。また、術前後に理学療法士の指導で呼吸の訓練もしていただきます。

 

縫合不全(繋ぎ目からの漏れ):食道断端と胃管、大腸、小腸などを繋ぎ合わせる(吻合する)際には器械を用いたり手で縫ったりしますが、この吻合部から内容液が少し漏れる(縫合不全)ことがあります(頻度は2%程度)。このような時には多くの場合、絶飲食で縫合不全部が自然治癒するのを待ちますが、これにより入院期間が長くなります。また、どうしても傷が治らない時には再手術の可能性もあります。この縫合不全が起こる確率は糖尿病患者さんや化学放射線療法後の患者さんでは高くなります。

 

反回神経麻痺:声帯の運動をつかさどる反回神経の周囲にはリンパ節転移が起こりやすく、これを取ることにより反回神経が麻痺することがあります。症状としては声がれ(嗄声)が起こります(10%程度)。多くの場合は数ヵ月で治りますが、長引くこともあります。また、反回神経麻痺がひどいと誤嚥(食べ物が気管に入ること)が起こり、これが肺炎の原因となります。

 

術後せん妄:食道がんの手術ならびに術後は患者さんにとってかなりのストレスとなります。これが原因で、術後せん妄(意識の混乱による突飛な言動)が起こることがあります。ひどくなれば、やむを得ず、身体をベルトで固定(身体拘束)しなければいけないこともあります。これを防ぐには、術後はしんどくても、昼は起きて夜に寝るという1日のリズムを崩さないことが大切です。

 

吻合部狭窄:食道断端と胃管などとの吻合部は術後しばらくしてから、徐々に狭くなり食べ物の通りが悪くなることがあります。多くは退院後に起こります。このようなことが起こった場合は胃カメラで見ながら狭いところに特殊な風船を挿入して膨らませることにより通りを良くする治療(ブジー)を行います。入院する必要はありません。

 

乳び胸:食道のすぐ横に胸管という最も太いリンパ管が走っています。この胸管は下半身のリンパ液を集めて左の鎖骨の下にある静脈に合流します。食道がんの手術では、この胸管の枝が切れて術後に乳び(腸管からの脂肪球を含むリンパ球)が多量に漏れることがあります。通常は自然に止まるのを待ちますが、稀に再手術(胸管結紮術)が必要となることもあります。

 

アレルギー:手術の際に使用する色々な薬剤が原因でアレルギーを起こすことがあります。非常に稀ですが、アレルギーにより血圧が下がり、手術を中止することもあります。

 

肺塞栓:長時間の手術や腹腔鏡による手術は脚の静脈に血のかたまり(血栓)が生じやすく、この血栓が肺動脈に流れて閉塞する疾患です。これにより呼吸困難などの症状を呈し、死亡することもあります。予防策として足の間欠的空気圧迫法を行っていますが完全に予防することはできません(頻度は1%以下)。

 

その他:上記以外にも癒着による腸閉塞や抗生剤投与などによる肝機能障害、さらに成人病のひとつである脳梗塞、心筋梗塞、また胃管壊死胃管気管瘻など致命的な合併症が発生する可能性もあります。これらの合併症が原因で死亡に至る頻度は 1~2%と思われます。この合併症の発生率は、手術前に他の臓器に障害をもっている人や化学放射線療法後の患者さんでは高くなります。

万一、このような合併症が起こった場合は、詳しく説明したうえで、できるだけ早く回復されるように最大限の努力しています。
 

3)手術後の経過

全体の流れ:手術が終わったら、多くの場合、気管内挿管(全身麻酔をかけるためにチューブを気管内に挿入します)したまま集中治療室(ICU)に入ります。患者さんは呼吸状態がよければ当日夜に目を覚まし、気管内のチューブが抜かれると声が出せるようになります。翌日より座ることが可能です。ICU に入室された患者さんも問題がなければ、数日後に病棟に移動します。このころには歩行もできるようになります。術後4~5日経てば飲水、食事も開始となり、早ければ2週間で退院可能な状態となります。術後3週間以内に退院することを目標としてください。

 

ドレーンなど:手術後は身体にいろいろなチューブが入っています(手術のページを参照してください)。術後数日経過すると腹部のドレーン、鼻のチューブ、頸部のドレーン(初めからないこともあります)などが抜けるので動きやすくなると思います。酸素のチューブも呼吸状態がよくなればはずれます。胸のドレーンも排液量が少なければ1週間以内に抜けます。食事がうまく取れるようになれば点滴も必要なくなります。腸に入った栄養チューブは3週間過ぎないと抜けませんので多くの場合は退院後に外来で抜くこととなります。退院時にこのチューブが入ったままでも全く問題はありません。入浴等も可能です。

 

食事開始:手術直後は飲水や食事ができません。食事が食べられるようになるまでは、手術中に小腸に挿入した栄養チューブと点滴より水分と栄養を補います。順調に経過すると術後4~5 日で飲水できるようになります。これと同じ頃に頸部食道と胃をつないだ部分がうまくつながっているかどうかをレントゲンに写る薬を飲んでもらって検査をします。これで問題がなければ、嚥下食(ゼリー、ペースト食)から開始し、徐々に食事内容をアップさせていきます。必要に応じて嚥下リハビリを行います。

 

創の痛み:手術の後は傷が痛みます。痛みをやわらげるために、手術直前に背中から背骨にある硬膜外というところへチューブを挿入し、術後はここより麻酔薬を持続的に注入します(硬膜外麻酔)。これでも痛ければ痛み止めの薬(座薬や注射)を使用します。薬の効き方には個人差があります。痛み止めを使うことの悪影響はほとんどなく、痛みのために深呼吸や咳払いがうまくできなくて肺炎になることのほうがかえって問題です。痛み止めを十分に使って痛みをおさえ、可能なかぎり体を動かして深呼吸や咳払いをして肺炎を防ぐことが最も大切です。

 

退院後の食事摂取:食道がんの手術を受けると手術する前と同じような食べ方はできません。一度に多くの量を食べられないことも多く、食事が喉(吻合部)で少しひっかかるような感じがすることもあります。慣れるまでは時間をかけて少しずつ食べるようにし、一日の食事回数を5~6回に増やしてください。また、食後すぐに横になると胃管から口の中へ食べ物が逆流してくることがあります。食後30分は横にならないようにしましょう。1日の食事摂取量が十分でない時は濃厚流動食でカロリーを補給してください。

退院後:退院された後は定期的に外来で診察や検査を受けていただき、再発がないかどうかをチェックします。いくら手術で取り切れたように見えても、目に見えないがん細胞が残っている可能性があり、これが再び増えると再発ということになります。再発をできるだけ少なくするために抗がん剤や放射線の治療(後述)を受けていただくこともあります。術後に抗がん剤の治療を点滴で行う場合には再度入院が必要となります。

 

化学療法(抗がん剤治療)

抗がん剤治療はがん細胞を殺す薬を注射します。抗がん剤は血液の流れに乗って手術では切りとれないところや放射線を当てられないところにも、全身に行き渡ります。肝臓や肺などにがんが転移している場合や手術前の治療、術後の再発予防として行われます。入院が必要な場合は当センターの関連病院で受けていただくこともあります。

1)化学療法単独で行う場合

抗がん剤治療は、何種類かの薬を組み合わせて使うほうがよく効きます。抗がん剤として現在、FP 療法とよばれるフルオロウラシルとシスプラチン(またはネダプラチン)の併用療法が最もよく使われています。フルオロウラシルは点滴の中に混ぜて4~5日間続けて注射します。シスプラチンは第一日目に投与しますが、腎臓の障害を防ぐために一日に 2,500~3,000mLの点滴を同時に行います。この治療は入院が必要です。これが1回分の治療で、3週間ほどの休みをおいてもう1回行い、効果があればさらに繰り返します。副作用の程度によっては途中で中止することもあります。効果がない場合は別の抗がん剤に切り替えます。

最近では、これらにドセタキセルを組み合わせた併用療法(DCF療法)も行っています。
 

2)抗がん剤の副作用

最も注意が必要な副作用は血を作っている骨髄というところが抗がん剤によって障害され、白血球、赤血球、血小板が減少します。白血球が減少すると(軽症も含めて頻度は40~50%)感染に対する抵抗力が低下し、肺炎などを引き起こします。赤血球減少は貧血、血小板減少(軽症も含めて頻度は 40~50%)は出血しやすくなります。但し、抗がん剤投与中は定期的に血液検査を行い、これらの副作用が強く現れる前に抗がん剤を中止して血球減少に対する治療を行うため大きなトラブルはほとんど起こっていません。その他の副作用としては口内炎、はき気、食欲不振、全身倦怠感、下痢、手足のしびれ、皮膚あれ、シミ、肝・腎機能障害などが認められることがあります。ドセタキセルでは脱毛も出現することがあります。これらの副作用の程度には個人差があり、実際には投与してみないとわかりません。また、効果と副作用は比例するものではなく、副作用がないのに非常に効果がある場合もあれば副作用ばかり強くて効果が少ない場合もあります。

 

 

化学放射線療法

放射線治療は単独で行うより抗がん剤と併用する(化学放射線療法)ほうが効果が高いため、通常は化学放射線療法として行われています。放射線は身体のどこにでも当てられるわけではなく、肺や肝臓などへの転移が存在すればこの治療の適応にはなりません。化学放射線療法を行うのは、がんが気管や大動脈などに浸潤して手術では取りきれない場合、手術をのりきれるだけの体力がない場合、手術を望まない場合や術後に再発を予防する目的で行います。この治療により7〜8割の患者さんでがんの大きさが半分以下になります。

1)化学放射線療法の実際

放射線療法の1回の治療は準備も含めて30分以内に終わります。一週間に5回照射し、術前化学放射線療法として行う場合は約4週間、化学放射線療法で根治を目指す場合は6〜7週間行います。抗がん剤治投与は放射線治療と同時期に行います。

2)放射線療法の副作用

放射線療法の副作用としては、のどの痛みや乾き、飲み込む時の違和感、疼痛、声のかすれ、照射部(首と胸)の皮膚の日焼け様症状、放射線肺炎などが出てきます。その他に身体のだるさ、食欲低下といった症状を訴える方もいます。化学放射線療法の副作用は抗がん剤の副作用と放射線の副作用の両方が出現します。特に白血球減少や血小板減少などの骨髄抑制がより強く起こり、治療の途中で治療を中止することもあります。但し、治療が途中で中止となった場合でも十分な効果が得られることもあり、心配はいりません。

 

 

ステント治療

がんによって食道の内腔が狭くなり食べ物が通らなくなった場合に、金属の網でできたパイプ状のもの(金属ステント)を食道の中に留置して食物が通過できるようにする方法です。がんの進行で食道に穴があいて食物が外に漏れて肺炎などをおこす場合にも、穴をおおうためにこのステントを挿入することがあります。方法はまず、レントゲン室にて胃カメラを用いながら特殊な風船を膨らませて狭窄部を一時的に広げます。次に細く縮こませたステントを挿入し、レントゲンで確認しながらこれを広げていきます。処置時間はだいたい 1 時間以内でその間は静脈麻酔薬を注射しますが、全身麻酔ではありませんので時に苦痛を伴うこともあります。また、稀に誤嚥をおこして肺炎になることがあります。問題がなければ翌日より水を飲むことができ、3~5日程度で食事も食べられるようになります。ステントが広がると胸の痛みを感じることがありますが、鎮痛剤で対応します。また、食道がんが気管に浸潤することによって気管が狭くなることがあります。気管の狭窄は窒息を引き起こすので、この場合も気管の狭窄部に上述の金属ステントを挿入します。場合によってはシリコン性ステントを挿入することがありますが、これは手術室で全身麻酔をかけて行います。

ステントを留置したことによるトラブルはそれほど多くありませんが、穿孔(食道に穴が開く)のリスクやステントの位置がずれたり、再び狭くなってもう1本ステントを挿入しないといけない場合もあります。また寝た時に食べたものが逆流して吐いたりすることがあります。ステントを入れた後に化学放射線療法を行うと食道に穴があく場合があるため当医療センターでは行っていません。

治療後の通院

治療が終了して退院された後は、定期的に当科の外来に通院していただきます。退院してしばらくの間は 2~3 週間に1回程度の間隔です。外来で経過を観察しながら、いろいろな検査も受けていただき、再発がないかどうかをチェックしていきます。検査や次の診察日についてはその都度、説明いたします。再発もなくからだの調子も良好な場合は、診察の間隔は3~6ヵ月に1回程度となります。調子が悪くて入院が必要な場合は、特殊な治療が必要なければ関連の病院に入院していただくことになります。


新しい再建法(mSOFY法)の開発

従来、胃の上部に局在する胃がんに対しては多くの場合、胃全摘術が施行されていました。しかしながら、今までの臨床データの検討から、がんをしっかり切除するという意味では胃の上部のがんに対しては噴門側胃切除術で十分であることがわかってきました。

しかしながら、噴門側胃切除術には問題があります。食道と残った胃(残胃)を単純につなぐと、消化液を含む胃の内容物が食道に逆流して逆流性食道炎が起こってしまいます。逆流性食道炎が起こるとひどい胸焼けで悩まされることになります。
そこで当医療センターでは胃内容の逆流を防止できる新しい食道残胃吻合法・mSOFY法(modified Side Overlap with Fundoplication by Yamashita)(ソフィー法)を開発しました。


mSOFY法の特徴

  • ・逆流性食道炎を来しにくい
  • ・吻合部狭窄を来しにくい
  • ・腹腔鏡手術またはロボット手術で比較的容易に行える

当医療センターではこのmSOFY法をすべて腹腔鏡手術またはロボット手術で行っています。
この方法で噴門側胃切除術を受けられた患者さんは胃全摘術を受けられた患者さんと比べて食事摂取量も多く、質の高い術後生活を送ることができています。mSOFY法は現在、全国の多くの施設で採用されています。

1.食道右側下端と残胃に小孔を開ける

2.45mmのリニアステープラーを挿入し、食道右側壁で残胃と吻合する


3.リニアステープラー挿入孔を閉鎖する

4.食道を残胃に縫合固定する


5.完成図

6.残胃からの圧が温存された食道後壁を圧迫することで逆流防止機構が働く